島根で頑張る人

『島根で頑張る人』は県内で活動する人にスポットを当て、考え方や経験から活動に迫るコーナーです。スタッフの「学び」も兼ねて取材させていただいています。

しまねで頑張る人イメージ

山奥のうどん店に人が集まる理由

 浜田市街から中国山脈に車で分け入ること約30分、いくつものトンネルをぬけ、山の奥へと進むと、静かな山あいに懐かしい田園風景が現れる。
浜田市弥栄(やさか)、人口1,350人の町。信号もコンビニもなく、地理的にも有利とはいえないはずのこの町に、多くのお客さんが来店する「陽氣な狩人」がある。この店の人気の理由として、皆、口を揃えて店主である今田孝志さんの存在をあげる。店名のとおりいつも陽氣な笑顔を振りまく人柄や、季節を感じられる料理とこだわりの手打ちうどんの味で、お客さんの心と胃袋をつかんでいる。ただし、今田さんの顔は「飲食店の店主」にとどまらない。

今田さんは、浜田市三隅町生まれ。海が好きで海外にも関心があったことから、浜田水産高校へ進学。卒業後は、水産会社に就職し、夢だった海外での仕事を経験した。その後、喫茶事業を展開する会社へと転職し、広島県の店舗の店長時代には日本で3番目の売上を上げたことも。

その後、独立を考えた際には、島根でカフェを立ち上げることを検討したが、知人の勧めもあり30歳のときにうどんの道へ進むことを決意。「うどんの今田」を浜田市内に開店した。
一人ひとりのご縁を大切にする、当時から今も変わらないやり方で、着実にファンを増やしていった。来店客が増えた頃には、店舗の拡大を薦められたこともあったが、「自分がお客さんに関われる規模」を大切にしたかったため、それを断った。

うどん店と並行して、1996年に狩猟免許を取得した今田さんは、猟犬とともに単独で山に入るスタイルの狩猟を現在でも行っている。狩猟を通して、大自然が人間の生き方を教えてくれたという。命を意識すると、猪と対峙するときには畏敬の念を抱き、それをいただくときには「いただきます」と自然に思える。猪が少ないとなれば自然のバランスを考えて獲りすぎることはしない。自然と共生する必要性を理解しているからだ。

33年間営業した「うどんの今田」を閉じ、3年前に現在の弥栄町に「陽氣な狩人」として移転。うどん屋と狩人の両面の顔をもちながら、命の大切さを伝えるため「命の授業」「狩人塾」などを通して、自らの生き方や経験を様々な世代に向けて語っている。

「海外を経験したからわかった日本人の勤勉さと気高さと利他の精神性。今の時代に、日本に生まれたことだけでも奇跡。生きていることだけで感謝。」という今田さんの名刺には“いま、ここ”という今は亡き叔父の言葉が書かれている。そんな今田さんの考え方や、生き方を学びたいと、全国から若者が訪れる。今田さんとのご縁がキッカケで弥栄に移住した若者も多い。

最後に、常に笑顔でいられる秘訣を聞いた。「誰でも生きていれば悩みや葛藤があって当然。だけど、明るいところには人が集まるだろ?」

来店客のうち、およそ9割方がリピート客。今日も陽氣な今田さんのもとに、多くの人が集まっている。

(N)