
人口減少が進む地域にとって、地域おこし協力隊は期待したくなる存在です。しかし、受け入れ体制が不十分だと、隊員が孤立したり定着しなかったりする場合もあります。そうしたなか、川本町は、中間支援組織の一般社団法人かわもと暮らしが中心となり、協力隊と地域をつなぐ仕組みを整えている点が注目されています。
ご自身が協力隊経験者でもある、かわもと暮らしの浪崎健一さん。着任した隊員一人ひとりに伴走し、活動の相談から生活面まで幅広くサポートします。ある隊員は「着任直後は地域とのつながりがなく不安でしたが、かわもと暮らしがキーパーソンを紹介してくれて、一気に活動の道が開けました」と話します。事務的なサポートにとどまらず、地域に入るための“橋渡し役”を担っているのです。また教育系隊員の受け入れ先となっている一般社団法人asolab(あそラボ)の代表の大村信望さんも協力隊経験者です。活動を協力隊に丸投げにせず、経験者を中心にサポート・伴走体制をつくって、地域とうまくニーズがあったところに入っていければ隊員も能力を発揮できます。
直近では女子野球チーム「島根フィルティーズ」の結成に伴い、選手を中心に13名の隊員が新たに着任しましたが、かわもと暮らしが受け入れ、地域での活動も展開しています。地域イベントやボランティアでファンを増やし、球場の観客が増える好循環が生まれているのです。選手たちも野球だけなく地域の魅力を体感し、経験を積んでいるところです。
川本町の取り組みは、制度を運用するだけでなく、人と人との関係を丁寧に編み直している点に特徴があります。役場と中間支援組織が連携し、協力隊のサポートができる体制をつくることができれば、ミスマッチが減り、隊員のポテンシャルが引き出され、地域にも望まれる形で入っていくことができます。隊員経験者など中間支援に動くサポート人材や組織の存在も、地域の魅力といえるでしょう。
どういう人がどんな活動をしているのかその一部をご紹介します。
島根県益田市出身の柴田健治さんは、Uターンで地域おこし協力隊として着任しました。子どもの頃から歴史が好きで、歴史の本を読んだり、地元にある七尾城に登ったりしていました。
上京後、様々なキャリアを経て東京・西東京市でラーメン店の店長を5年ほどしていましたが、2020年のコロナ禍で営業停止に。時間ができたことで、自身のルーツや益田の風景に改めて想いを寄せるようになりました。そんな中、同年6月に益田市が日本遺産に認定されたことを知り、「地元に戻って何かやりたい」という思いにつながります。
数年前に父から聞いた「益田は柴犬の発祥の地」というニュースが心に残っており、自分のあだ名が“しばけん”だったこともあり益田に戻り「歴史と柴犬」のことをしていくことを決意。2020年6月には「しばいっぬ」というキャラクターの商標登録を行い、島根県東京事務所で移住相談も開始。家族ともじっくり話し合い、2年後、満を持して益田にUターンしました。
2022年10月に協力隊として着任してからは、「地域に入っていくこと」「誘われたら断らない」「何よりも自分が楽しむ」を信条に、地域内の様々なコミュニティに参加しながら、地元との関係性を築いていきました。
島根での暮らしで大事にしているのは、「半径1kmのこと」を考えること。都市にいた頃より視界がクリアになり、暮らしの輪郭がくっきりしたといいます。田舎は、自分の名前で生きていける場所。人とのつながりが、日々の営みそのものを豊かにしてくれると感じています。
今後は起業を目指し、柴犬と日本遺産を軸にした拠点づくりに挑戦する予定です。夢は、七尾城の復元。歴史と柴犬が共存するまちを、自らの手で目に見える形で変えていきたいと語ってくれました。
介護職の魅力を伝える活動をしている翠さんは、大阪府出身。歯科衛生士として働いていましたが、夫婦でゆったりと過ごせる暮らしを求め、以前から心惹かれていた島根県への移住を考えるようになりました。そんなときに出会った安来市で、2024年から地域おこし協力隊として新たな一歩を踏み出しています。
「釣り好きの夫と一緒に、夫婦の時間を大切にしながら農業をしたいと思ったんです」。現在は、苺の産地である安来市に移り住み、夫は苺農家を目指して研修に励み、翠さんは協力隊の活動をしながら日々を支えています。住みたい場所から仕事を探した結果、導かれるようにたどり着いたのが「地域おこし協力隊」でした。
現在は歯科衛生士としての知識を活かし、介護の魅力を広く発信することを中心に活動しています。福祉系短大生と一緒に小中学校で出前講座を行ったり、移住フェアで介護に挑戦したい人の相談を受けたりと、活動の場は多岐にわたります。「新しい土地で介護を始めるには勇気がいりますよね。不安を抱えている方には『やってみたらいいじゃない』と背中を押してあげたいんです」と話します。やってみないとわからないことばかりですし、協力隊もやっていくうちに興味が広がったり自分自身も経験したからこその後押しだと語ります。
介護の仕事は「きつい・汚い・危険」と思われがちですが、翠さんが出会ってきた人たちは明るく優しい方ばかり。「だからこそ、この仕事の魅力をもっと知ってもらいたいんです」と笑顔を見せます。これまでにも、未経験で自信のなかった方が初任者研修を経て介護の現場に立つまでを支えた経験があります。施設では就職前の細やかなフォローが難しいため、間に立って橋渡しをすることで、本人も施設側も安心できると感じています。
休日には夫婦で島根のあちこちを巡ったり、苺ハウスの手伝いをしたりと、思い描いていた暮らしを楽しんでいます。「任期後は夫の苺ハウスを支えながら、講座や発信活動を続けていきたい。安来での暮らしが楽しいと思ってもらえるきっかけをつくれたら嬉しいですね」と未来を描いていました。
人生の転機はいつ訪れるかわからないもの。東京都出身で元会社員の水間航多さんは、現在、離島の隠岐の島町の小さな集落・飯美で【隠岐の島Brewing飯美】を準備中です。
インターネットでたまたま見つけたローカルジャーナリストの田中輝美さんの本が島根との出会いとなり、「しまコトアカデミー」を見つけ、2018年に受講。その中で初めて隠岐の島を訪れました。一方で自転車好きでもある水間さん。自転車仲間と長野へサイクリングしに行ったとき、現地で飲んだ地ビールの美味しさと楽しさが心に残り、ビールづくりにも関心を持っていました。そして、隠岐と自転車とビールがつながって「いつか島でクラフトビールを作りたい」と夢を抱いたのでした。
翌年、何度も島へ足を運ぶうち、ここに住みたいという気持ちが募ってきました。また、ビールづくりをどうやって始めるかも悩む中、まずは地域おこし協力隊として働きながら準備しようと一念発起。2020年4月に着任しました。住まいは活動拠点の布施にも近い飯美地区に借りました。前年、先輩隊員が企画した体験プログラムで、飯美神社の2年に1度のお祭りの手伝いに参加し、神社からの練り歩きに幟旗を持ってついて歩いたそうです。それが飯美とのご縁の始まりでした。
遊休施設を活用するミッションに取り組みながら、地域の人たちとの繋がりも深め、3年目には飯美の地区長を任されるほどに。そして、地区の皆さんの同意を得て、10年ほど前に閉まって物置になっていた元売店の建物を醸造所にできることになりました。ビールの作り方の研修を受けたり、醸造所の場所を決めて許可を得るなどするうち、2023年3月で協力隊の任期が満了しました。酒類の製造販売をするには保健所だけでなく税務署の許可も必要で、最低製造数量やその販売計画などが求められ、設備工事のための資金調達などさまざまな課題があったそうです。水間さんは任期後もアルバイトをしながら、ホップの栽培も始めたりしながら、課題をひとつひとつクリアし、ゆっくりじっくり進んでいます。その姿を地域の皆さんは見守りながら乾杯の時を待っています。今年の秋か冬頃、その声が聴こえてきそうです。
島根県、公益財団法人ふるさと島根定住財団、一般社団法人しまね協力隊ネットワークが協力して、地域おこし協力隊のサポートに取り組んでいます。 基礎研修や地域おこし協力隊員・自治体職員合同研修、活動発表会、現地視察型の研修交流会「協力隊の縁側」を実施。さまざまな学びとつながりづくりの場を開催し、活動をサポートしています。
着任して間もない隊員が対象。協力隊として活動するための基本を学び、隊員や隊員経験者、支援機関とのつながりを作ることで、活動をスムーズに始めたり、相談しあえる仲間づくりをします。
隊員と担当職員がともに学ぶ研修会です。有識者による講義と隊員経験者などによるテーマ別の分科会で、たくさんの事例を学び、テーマ別で話し合います。現在の活動の充実と任期後に向けた情報収集やつながりづくりを目的としています。隊員・担当職員ともに活動現場から離れて視野を広げ、活動を俯瞰することが、より良い活動につながります。
主に3年目の隊員が発表者となり、活動期間の振り返りと任期後についてプレゼンをします。先輩隊員の実践から学べるよう、アーカイブも作成しています。
島根県各地の隊員経験者や隊員の活動拠点を訪問し、現地視察しながら参加者同士の交流を深めるイベントです。県内各地の魅力にふれる時間でもあります。
現役隊員にむけて、関連した知識や技術・経験を持つ島根県の地域おこし協力隊経験者がチューターとして、現場視察や相談対応、アドバイスを行います。現役隊員の任期後の生業づくりや就業活動等に活かしてもらい、定住・定着を促進することを目的としています。
島根県の地域おこし協力隊の現役隊員・隊員経験者と、そのサポートを大切にする人たちのネットワークグループです。つながり、ともに学ぶ場をつくり、協力隊の活動や島根での暮らしがより良いものになるよう協力し、隊員が入った地域や団体、そして自治体がより良いものになることを目指しています。2017年11月に隊員経験者有志により任意団体を設立、2019年4月より一般社団法人になりました。
島根県の地域おこし協力隊サポート事業に関する企画・運営を行うほか、市町村からのご依頼に応じて、研修や導入支援、募集サポート、制度設計など、地域おこし協力隊制度のより良い運用の支援を行っています。また、島根県の移住促進や関係人口創出、地域づくりに関連する事業にも、県内全域のネットワークを活かして参画しています。
東京都出身。体づくりと農ある暮らしをテーマに人がつながる場づくりをしている。つちのと舎 代表、地域おこし協力隊サポートデスク 専門相談員、総務省地域おこし協力隊アドバイザー、総務省地域力創造アドバイザー、社会教育士。
東京都出身。島根県立大学地域政策学部講師。専門は日本各地の祭の研究。フリーランスとして記事や映像の制作、ウェブ配信、ファシリテーターなども行う何でも屋。ブックスペースはらっぱ図書室も運営。
島根県出身。奥出雲町を中心として、地域×不動産をキーワードに”まちのにぎわいをつくる”複数事業を展開中。(株)OKU-Reno.(オクリノ不動産)代表取締役、(一社)リーガルサポート雲南代表理事、行政書士。
島根県出身。「スポーツによるまちづくり」をテーマに地域の民間企業や団体と共に様々な事業やイベントを開催している。一般社団法人地域おこしスポーツ協力隊ネットワーク 代表理事、全国地域おこし協力隊ネットワーク企画メンバー。
大阪府出身。松江市の元地域おこし協力隊担当職員(2023.4〜2025.3)協力隊員全員の担当として、要綱・運用の改正や採用活動、地域との連携、隊員経験者による研修・サポート体制の構築に注力した。松江市役所人事課、総務省地域おこし協力隊アドバイザー。
一般社団法人しまね協力隊ネットワーク
mail:shimaneknw@gmail.com
Web:https://shimaneknw.localinfo.jp
Facebook:https://www.facebook.com/shimane.kyouryokutaiNW/
3大都市圏を中心とした都市住民が過疎地域を始めとした条件不利地域に移住(住民票を移動)し、地域おこし活動の支援や農林漁業の応援、住民の生活支援など「地域協力活動」に従事し、あわせてその定住・定着を図りながら、地域の活性化に貢献するものです。
全国各地の地方公共団体(主に市町村)がそれぞれの地域の状況に合わせた活動内容で隊員を募集し、選考プロセスを経て「地域おこし協力隊員」として委嘱します。隊員の任期は概ね1年以上3年未満です。地方公共団体が隊員の活動にかけた経費に対し、国が財政支援する仕組みになっています。隊員一人あたり年間550万円が上限で、そのうち報償費の上限が350万円、それ以外の経費の上限が200万円となっています。
平成21年に総務省が制度化し、初年度は31団体・89名でしたが、令和6年度は1,176団体・7,910名が取り組んでいます。地域おこし協力隊インターン制度もあり、2週間〜3ヶ月のプログラムを実施している団体もあります。
各市町村やミッションにより地域おこし協力隊の活動内容はさまざまです。任用形態も会計年度任用職員として自治体に雇用される場合や個人事業主として委託される場合など様々。また、隊員になる人の年齢層は20代〜30代が7割を占めますが、10代から60代まで幅広く分布しています。
多様な地域おこし協力隊ですが、共通しているのは「地域に根ざす」ということ。地域に学び、地域と交わり、地域の力を高めて、新たな未来を拓きます。


