島根おこすジャーナルVol3

島根おこすジャーナルVol3
全国で約5000人が活動している地域おこし協力隊。中国地方にある島根県では、162人(2020年6月時点)が活動し、また全国的にも珍しい隊員OB・OGによる「しまね協力隊ネットワーク」も存在しています。
どんな人が、どんな風に島根をフィールドに、その人らしく活動しているのかー。
この「島根おこすジャーナル」でお届けしたいと思います。
島根県の位置図
島根おこすジャーナルVol2
伊藤薫さん 伊藤薫さんのヒストリー

関係人口の先進地で研究と実践 伊藤 薫さん(22)

島根県中央部に位置する邑南町。ここで地域おこし協力隊の新たな形「地域おこし研究員」として県内初のチャレンジを行っているのが伊藤薫さんです。
「地域おこし研究員」という肩書きは、地域の現場で地方創生の実学を学び、人材育成につなげることを目的とした慶應義塾大学大学院の制度に由来しています。伊藤さんは2020年4月、この制度で邑南町に着任し、関係人口の研究と実践というミッションで採用され、活動しています。
伊藤さんは三重県いなべ市で生まれ育ち、2016年、島根大学(松江市)に進学。地域活性化サークル「島大Spirits!」に所属し、地域に出掛けてボランティアやお手伝いをする学生生活を送っていました。

邑南町との出合いは1年生のとき、人口わずか130人あまりの宇都井地区で住民が毎年11月に行っていた「INAKAイルミ」を手伝ったことです。

「INAKAイルミ」は、地上20メートルの高架上にあり「天空の駅」と呼ばれる宇都井駅を約1万球のイルミネーションで彩り、毎年数千人が訪れる人気イベント。「島大Spirits!」も一緒になって設置や片付けを行いました。
翌年、「島大Spirits!」の部長になった伊藤さんは、作業はもちろんのこと、宇都井駅のトートバッグや手ぬぐいといった「INAKAイルミ」のグッズを初めて制作し、収益を全額、実行委員会に寄付したのです。その後も毎年、伊藤さんは後輩とともに手伝いに駆けつけました。

こうして伊藤さんにとって邑南町は第2のふるさとのような大切な存在になっていきました。そこで知ったのが、住んでいなくても特定の地域に継続的に関わる人を指す関係人口という言葉です。新たな地域の担い手として注目を集めていました。「自分の考えてきたこと、やってきたことにぴったり」。

しかも邑南町は関係人口とともに「INAKAイルミ」を成功させた先進事例として知られていました。伊藤さんは、関係人口の研究と実践を深めたいと「地域おこし研究員」となり、4月からは町に住まいを移しました。

今年度前期は大学院生としての活動が中心になる仕組みのため、まずはオンラインで授業に参加し、課題をこなす日々を送っています。ただ、こうした中でも、新型コロナウイルスの影響で困っている島根大学の留学生と町の農家を伊藤さんたちが中心となってつなぎ、お米やイモを留学生に届ける活動が実現しました。後日、留学生からお礼が届き、伊藤さんは「出身大学の学生と地域の人というこれまでのつながりを生かすことができてよかった」と喜びます。

コロナで活動が見通せない部分もありますが、今年の「INAKAイルミ」でも関係人口と住民をつなぐ新たな仕掛けを検討中。「お世話になった地域の人と一緒に学び、実践しながら、地域に関わる若い人が増えるとうれしい」と話します。

島根県初の「地域おこし研究員」制度

邑南町は総務省の関係人口創出・拡大をテーマにした事業に取り組んできましたが、中でも住民と関係人口が協力して「INAKAイルミ」が継続でき、住民の気持ちが前向きになっていることに地域づくりの可能性を感じています。一方で、関係人口と地域の関係が属人的になってしまいがちな課題もあり、より普遍的にしていくためにも「地域おこし研究員」を導入しました。これは慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の独自制度で、大学院生を地域おこし協力隊として採用し、地域での実証的な研究と実践を目指す制度です。伊藤さんとは大学1年生からの付き合いです。関係人口と住民が関係を持続していくための仕組みづくりについて、実践を伴う理論構築を期待しています。

協力隊をサポートされている土江健二さん
邑南町地域みらい課
森田一平さん(51)
山本典生さん 山本典生さんのヒストリー

“続く農業”を雲南からつくる 山本典生さん(43)

大阪で機械部品商社に勤務していた山本さん。移住を考えるようになったのは40歳を迎えた頃でした。「通勤途中に電車の中で“田舎で暮らそう”“農業やりませんか”という広告を見て、なんとなくいいなあ…と憧れていました」。さらに農家の平均年齢が上がっていること、担い手も減っていることを知り、これから盛り上げていきたい分野だと考えるようになったのです。

情報を求め、大阪市内で開催された「しまねUターンIターンフェア」に参加。雲南市のブースを訪れたことをきっかけに同市を訪問するようになり、農業体験を経て地域おこし協力隊へのエントリーを決めました。その後、パートナーと3人のお子さんを連れて2019年に雲南市に移住しました。

現在は協力隊として、雲南市吉田町にある農業法人・営農組合など6団体で構成する広域連携組織「元気!!ファームズよしだ」の運営に携わっています。同組織は、中山間地域の農業を持続・活性化するために設立されました。山本さんはこれまでの経験とスキルを元に、農業機械の共同購入・共同利用や、人手が足りない団体のための作業受託のオペレーション、ブランドづくり、新しい収益モデルの検討など、積極的に取り組んでいます。「営業での経験も踏まえて、販路開拓やPR活動も進めていきたい。ビジネスモデルができれば吉田の農業が活性化し、雇用にもつながる。地域も元気になりますよね」と、山本さん。2021年には法人化が予定されており、山本さんは組織運営にも携わっていく予定です。

さらに協力隊の活動と並行して、「元気!!ファームズよしだ」の所属団体の一つである「農事組合法人 すがや」で米・野菜・フルーツなどを生産しながら農業を学んでいます。「一緒に働いている地元の皆さんが先生。何もかもが初めてですが、作業や農業機器の操作など何でも実地で丁寧に教えてくれるので助かります」と山本さん。任期終了後も「農事組合法人 すがや」で農業を続けたいと考えています。目指すのは“儲かる農業”。「地域の人たちと一緒に、新しい地域ブランドや農閑期に販売できる加工品の開発など、一年を通じて収益を得る方法を考えて実践していきたいです」。

今年からは県立農林大学校の短期農業経営者養成科に入学し、任期後を見据えて、実践に学びに忙しい毎日を過ごしていますが、「着任してからはとにかく毎日が勉強。いつか、UターンIターンフェアでこの経験を県外の方に発信したいです」と充実した様子です。

地域の課題に共同で取り組み新しい風を

雲南市農政課での地域おこし協力隊の受け入れは、山本さんが第一号。山積する課題解決のため、多様な分野の経験とノウハウがあり、さらに農業に関心がある人材を求めたところ、山本さんとのマッチングが実現しました。広域連携組織の所属団体の経営の安定化、新たな人材確保や農業研修の受け入れ、農業の魅力発信など、お願いしていることは多岐にわたります。市としても一方的にお任せするのではなく、毎月の活動報告の際、現状を教えていただいたり、課題について協議したり、一緒に検討会を実施するなど、共同で取り組むようにしています。山本さんの力で地域に新しい風が吹くことを期待しています。

協力隊をサポートされている大江基博さん
雲南市農政課
山本泰司さん(45)
福島沙織さん
豊かな食文化を掘り起こしたい
福島沙織さん(36)

秋田市出身の福島さんは、大学で生物資源を学び、農林水産省に入省。日本食文化の世界無形文化遺産登録などを担当していました。

一見つながりがなさそうな島根に移住するきっかけは、大きく2つありました。1つは、大学の同級生である夫の克博さん(36)が出雲市斐川町出身で、Uターンして農業を営みたいという夢を持っていたこと。もう1つは、福島さん自身も地域づくりを学ぶ島根県の講座「しまコトアカデミー」に参加し、食や農が豊かな島根の暮らしに惹かれていたことがありました。

今春、2人で出雲市に移住。食や農を通じた地域づくりに関わりたいと同市の地域おこし協力隊に応募し、コミュニティセンターを中心とした地域づくりが盛んな伊野地区での着任が決まりました。

2人とも生き生きと暮らせているとして「移住して本当によかった」と笑顔を見せる福島さん。フキの佃煮、ところてんといった地域の伝統食のつくり方を、住民から直接教わる日々です。先日は「しぼ」と呼ばれる茅で編んだ容器に入れてゆでるちまきも一緒につくりました。「びっくりするような食文化がある。もっと掘り起こして、ここならではのレシピを本にしたい」と目を輝かせます。

出雲市の地域おこし協力隊1年目
余島純さんと睦美さん
離島でできるスモールビジネス
余島純さん(26)、睦美さん(38)

余島純さん、睦美さんが人口600人あまりの離島・知夫村に地域おこし協力隊として着任したのは2017年。教育に関心があった純さんは島留学の寮の立ち上げに携わるため、睦美さんは島に移住した知人を訪ねた折り、赤ハゲ山での風を感じたときに「体中に電気が走るほど」感動したことがきっかけで、それぞれ移住してきました。

純さんは教育プログラムの開発や寮スタッフを経験しながら、睦美さんは新商品開発や観光PRを担当しながら起業の準備を進め、2019年に結婚。ともに2年で協力隊を卒業しました。現在は、純さんは独立し、中国地方を中心に官民連携を推進するコーディネーターなどを、睦美さんはシルクスクリーンを使ってTシャツやトートバッグなどの印刷体験ができる工房「SURUDAWAI」を港近くに立ち上げ、活動しています。

今年は新型コロナウイルスの影響もあり、地域外からの観光客の受け入れが難しくなりましたが、逆に近くの島前地域内から工房を訪れて楽しむ人も増え、手応えも感じているそうです。

「やりたいことがまだまだいっぱいあるし、この島でやっていきたい」と話す睦美さん。離島にいながら、スモールビジネスを複数立ち上げ、クリエイターとしても活動していきたいと笑顔を見せます。

知夫村でシルクスクリーンの体験工房を運営

島根をおこす人たち

しまね協力隊ネットワークのメンバー
後段の左から副代表 野尻ちさとさん、西嶋一泰さん、濱田達雄さん、代表 三瓶裕美さん、前段の左から山田真嗣さん、林 正知さん、曽我 瞭さん

島根には!
しまね協力隊ネットワークがある。

全国で地域おこし協力隊員が増える中、孤立を防ぐためにも県レベルでのネットワーク化が求められています。島根ではいち早く2017年に任意団体「しまね協力隊ネットワーク」が立ち上がり、2019年には法人化(全国2例目)。協力隊員や受け入れ自治体向けの研修をふるさと島根定住財団と開催したり、協力隊の事例集をつくるプロジェクトに県立大学と取り組んだり、幅広く活動しています。

特に新型コロナウイルスの影響が広がった今年度は、協力隊員が思うような活動ができない状況が生まれました。そこで毎週のようにオンラインイベント「しまね協力隊つながる!トーク」を開催し、横のつながりをサポート。さらに8月からは、情報発信や協力隊制度の詳細を学ぶといったスキルアップのためのオンライン講座「しまね協力隊つながる!セミナー」に衣替えし、月2回のペースで続けています。

会員は現在、現役隊員や卒業生など56人。さらに今後、島根の中でも離島の隠岐地域をつなぐネットワークも県全体のネットワークとは別に発足する予定です。立ち上げ時から代表を務める三瓶裕美さん(45)は「最初はネットワークがないから立ち上げましたが、つながる機会が増え、ネットワークができてきたと感じます」と手応えを語りながら「次の段階をぜひみんなに描いてもらいたい」と次世代に期待をかけます。

しまね協力隊ネットワークのメンバー
後段の左から副代表 野尻ちさとさん、西嶋一泰さん、濱田達雄さん、代表 三瓶裕美さん、前段の左から山田真嗣さん、林 正知さん、曽我 瞭さん
田中輝美の古往今来 田中輝美さん

地域おこし協力隊は制度創設10年が過ぎました。初年度はわずか89人でしたが、毎年着実に増え、2019年度は5349人。7割を20-30代が占め、地域の力になりたいと都市からわざわざ人が移り住んでくる時代を象徴しています。
中でも島根は全国トップクラスの多さで、なりわいづくりの最初のステップとして協力隊を選び、地域の担い手になっている人たちも少なくありません。こうした新しい力を生かしていくのが地域に住む私たちの責任なのだとあらためて感じます。
島根県の地域おこし協力隊を紹介する「島根おこすジャーナル」、第3号を発行することができました。協力隊という生き方をなぜ選んだのか、そしてどんな活動を行っているのか、一人一人のストーリーを読んでいただけるとうれしいです。
また、(公財)ふるさと島根定住財団は、協力隊の定着支援に力を入れ、現役隊員・県内のOBOGをつなぐネットワークづくりを意識したサポートを行っています。ふるさと島根定住財団のサイト「フレフレしまね」に協力隊ページが開設され、さまざまな情報を見ることができます。島根おこすジャーナルも第1号から掲載されていますので、ぜひのぞいてみてくださいね。

田中輝美プロフィール

ローカルジャーナリスト。島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、山陰中央新報社で記者をしながら地域で働く喜びに目覚める。2014年退社し、独立。島根に暮らしながら、地域のニュースを記録、発信している。著書に『関係人口をつくるー定住でも交流でもないローカルイノベーション』(木楽舎)など。2017年大阪大学人間科学研究科修士課程修了。一般社団法人日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の運営委員も務める。

島根おこすジャーナル島根県地図
島根への移住、定住に関する情報
(公財)ふるさと島根定住財団
https://www.teiju.or.jp

島根県では地域おこし協力隊18市町村162名が活動しています

島根県データ
  • 人口:667,971名(2020年7月現在推計人口)
  • 面積:6,708km2(2016年10月1日調査時)
地域おこし協力隊とは?
3大都市圏を中心とした都市住民が過疎地域を始めとした条件不利地域に移住(住民票を移動)し、地域おこし活動の支援や農林漁業の応援、住民の生活支援など「地域協力活動」に従事してもらい、あわせてその定住・定着を図りながら、地域の活性化に貢献するものです。

地域おこし協力隊の新規募集は、自治体から随時行われます。募集の情報は、各市町村のホームページや広報のほか、(一社)移住・交流推進機構(JOIN)の「地域おこし協力隊」サイトなどに随時掲載されます。

地域おこし協力隊 
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